2011年02月01日
呑んどっと №16 -晴れの酒 卦の酒-
呑んどっと №16 日本酒拡大の次の一手 -晴れの酒 卦の酒-
徐文
11月5日に日刊たわらやかわら版で「絶滅危惧酒」について書きました。元日本吟醸酒協会の会長をなさった篠田次郎先生より、日本酒の消費拡大の次の一手というべきヒントを記したメールが来ました。
消費者の方は、興味があればお読みください。酒造りに携わる方は、是非ご一読をお願いします。
(メールの原文を載せます)
幻の日本酒を飲む会ニュース
平成22年 12月号 Vol.216
「日本酒消費形態の不思議」
(1) 若者からのメール
熊本の弟子、たわらや酒店、宇野功一君からのメール文
◆ 絶滅危惧酒
今年は国連が定める国際生物多様性年です。先日、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が、名古屋で開催されたことは、皆様もニュース等でご存知と思います。世界には多くの絶滅危惧に瀕した動植物が存在します。人類が生態系を壊した反動で、多くの生物が危機に瀕しているというものです。
絶滅とは申しませんが、危機的な存在なのが日本酒です。
私も今年の秋にいろんなところで日本酒の会を企画しています。どの会も人数が集まり、大盛況なのです。が、実際のところ、消費を下支えするような動きになっていません。日本酒と焼酎を同時に出す酒の会では、日本酒のブースにお客様が群がり、日本酒から売り切れになってしまいます。日本酒は特別な酒になってしまっているのです。
日本人は日本酒が嫌いになっている訳ではないようです。普段は焼酎を口にする人でも、日本酒の会(イベント)の時は、日本酒を飲んでくれます。普段の晩酌は焼酎、普段居酒屋で飲む酒も焼酎、イベントの時は日本酒という消費行動なのです。
--以上は宇野君の文章そのままである。宇野君(彼は東京農工大出身だから、酒の世界では先生と呼ばれることもあるが、このニュースでは'君'で呼ばせてもらう)は、酒販店の息子として育ち、東京農工大に進み、そこで吟醸酒に出会った。
これを学びたくて、人を頼り頼り、私の許にやってきて、留年して同大を出た。
焼酎の主産地にありながら、日本酒に深い愛情を持っているのは文章からわかるだろう。--同君のメールは「たわらや瓦版11月5日付」から
12月01日号「日刊たわらやかわら版」にて、篠田次郎先生が述べる日本酒消費拡大のカギについて、項目をおって書いた内容を掲載しています。その続きを考察します。
■「晴れの日の酒、卦(け)の日の酒」
「晴れの日と卦の日」について説明しなければならないでしょう。これは六曜制(大安・仏滅・友引・赤口・先勝・先負の六曜)や民間信仰の陰陽と違って、何かの法則にしたがってやってくるとかではありません。それぞれの人が、その環境で、「晴れの日」だったり「卦(け)の日」だったり。
晴れの日とは、その人にとって「おめでたい」とか「運がいい」とか「ついている」とか。事前に決めてもいいのです。この晴れの日には、いいことがあるとして、それに対応する行動をするのです。
卦の日は、晴れの日以外のすべての日をいいます。いわば普段の日というところでしょうか。
この区別は世間の約束事ではなく、個人個人のものなのです。私にもこのような晴れと卦があるようで、なにかよいことがあるとか、よさそうとか、よくなればいいと思う、そんな日は晴れです。ですから、毎日がお祭りということになりましょうか。
それを意識しない日、別に卦の日とはいいませんが、普段の日として迎え、送ります。
(2)
昨年12月号の主題、「日本酒消費形態の不思議」は、熊本の酒販店、たわらや宇野功一君が彼のメルマガ「たわらや瓦版・11月5日号」で提示した問題です。彼は焼酎の本場で、彼が開く、または参加する日本酒きき酒会や飲む会、パーティーはどれも参加者が多く盛大だといっています。日本酒と焼酎が並ぶものは、日本酒が先に費消されてしまうそうです。
それなのに、その人気の日本酒が実需につながらないといっているのです。なぜか?
宇野君のその疑問に、彼に吟醸酒を教えた私(篠田次郎)として何らかの回答をしなければならないと思って、「日本酒消費形態の不思議」を書いたのでした。明確な答えは出ませんでした。私にも答えが見つからなかったのです。
それで、吟醸酒が世間にデビューする飲酒形態として、比べ飲みという形があり、これの波及能力が小さいこと。そもそも日本酒は、かつて三増醸酒というかなり怪しげな製法を認められ、その方法で作られた酒が、今日でも相当量出ていること。だから、マスコミが、比べ飲みして楽しい吟醸酒 を取り上げないこと。もっと大きくいうと、日本酒業界は、比べ飲みされると困るという体質であること。などを私の解答にした。
極論すれば、日本酒を助ける可能性のある吟醸酒品質を、日本酒業界がアピールしていないところが根本原因だとしたのである。
私は宇野君に、
「たぶんあなたが私の事務所にいたとき検討したと思いますが、飲ませるビジネスと売るビジネス、その間をまたいだ楽しい情報発信が、新市場を形成していくと。」
これを答えとしました。それが12月号ニュースだったのです。
(3)
盛岡で熱心な吟醸酒ファンのSさんと再会し、夜遅くから翌朝まで語りました。
その話題の一つに、「日本酒消費形態の不思議」をあげました。Sさんはしばらく考えてから、「晴れの日の酒、卦の日の酒」を言い出したのです。
いうまでもなく、心が弾む日は吟醸酒を飲もうと思う。そして、きき酒会や日本酒パーティーに出る日は晴れの日と思うのだというのです。
その他の日は卦の日で、焼酎を飲むのだと。
Sさんのこの説に対しては、反論はできませんでした。「なるほど」と納得してしまったのです。まぁ、懸案の課題がこのSさんの説で全部解けるわけではありませんが、考え方は否定できません。
私の飲酒経歴にも「晴れの日卦の日の酒」というのがありましたね。酒とは、飲むだけの関係だった学生時代は、晴れの日の酒は日本酒(二日酔い覚悟で)、ビール(女性のサービスが受けられる店、値段が高かった)でした。その他、つまり卦の日はブドー割焼酎でした。それさえも、小さい財布を搾り出してでした。
酒に関係ない社会人時代は、ビール、日本酒、ブドー割り焼酎、密造どぶろくでした。このどぶろくは、高度成長時代に入り、身の回りから消えていきます。
酒に関係ある社会人時代になり、ビール、日本酒、合成酒、焼酎の順になります。他の人たちは、ビール、ハイボール、このハイボールのウイスキーが特・一級ものと二級もの(トリスクラス)に別れ、日本酒と焼酎が消えていく。
昭和50年に吟醸酒が商品として芽生え、昭和60年から平成時代にかけて、吟醸酒の比べ飲みパーティーが少しずつ開かれていくのに合わせて、吟醸酒はステータスとなる。
吟醸酒を作り続けた、あるいはすばらしい吟醸品質を世に出した蔵の吟醸銘柄が「晴れの日の酒」に位置づけられる。この流れには説得されます。吟醸銘柄の蔵も、吟醸をつくりながら売れていない蔵も納得せざるを得ないでしょう。悦に入っている蔵もあります。
(4)
晴れの日に吟醸酒を飲む。飲まれる吟醸酒蔵は「よござんした」ですね。
ほかの日は焼酎(これも高低ありますが)、安価日本酒となりましょうか。
ところが吟醸酒を知った人は、安価日本酒には行かないのです。
この構造だと「飲まれていない、売れていない吟醸銘柄」は割り込む隙間がありません。この部分の蔵元は、吟醸をつくっても売れず、廉価商品では量産蔵、宣伝できる蔵にかなわない。つまり立ち行かないということになりますね。
酒類消費の構造が見えてきました。その結果、立ち行かない業者があることがわかりました。世に酒造組合中央会という全国規模の団体があるそうですが、中央会さん、どうしてくれます。「そりゃ、個々の業者の努力不足だ」とおっしゃるのですか。では「どういう努力をしたらいいのですか? 道は示されているのでしょうか?」
こういうことに答えられない機構は「あってもなくてもいい」のです。「あってもなくてもいい」ものは、ないほうがいいんですね。
(5)
では、晴れの日に飲まれる吟醸酒蔵は安泰なのでしょうか。立ち行かない蔵、何の示唆も受けられない蔵から見れば安泰といえますが、家の外には七人の敵がいるんですよ。
晴れの日の酒の間の競争。
多くの飲酒者の晴れと卦の日の酒を考えてみましょう。
*醸造酒グループ
a/a) ハレ:吟醸酒(銘柄品または専門家の推薦するもの。ケ:焼酎・廉価日本酒。)
a/b) ハレ:銘柄ワイン。ケ:廉価ワイン
a/c)ハレ:ビール。ケ:ビール系飲料。このグループは、ハレ:プレミアムビ
ール。ケ:スタンダードビール。というのもあるでしょう。でも概して、プレミアムの人、スタンダードの人、ビール風の人とハレもケもなく分かれているでしょう。
*蒸留酒グループ
d/d) ハレ:ブランド焼酎。ケ:安価な焼酎。
d/e) ハレ:ブランドウイスキー。ケ:安価ウイスキー。このグループは、ブランドものだけを飲んでいるでしょう。
*f)こだわらずに酒を飲むグループ。
酒類消費者の行動は、上記6つに分類されていると思います。
飲酒消費者は、酒になじんでいくとき、ぼんやりと入っていくのでしょう。つまり'f'状態だと思います。その後、宣伝の影響、世間の評判、先輩のアドバイス、自分の好みなどによって、'a/aからc/eへと深入りするものと思います。この深さも、人によってまちまちで、いろいろのをやったり、移転したり、深くなじんだりとなりましょう。
(6)
こうして酒類消費者のビヘーバー・行動を分析すると、日本酒は吸引力で弱いと感じるのは筆者だけでしょう。
まず消費者が酒類と初対面のとき、日本酒を選ぶ確立は「限りなく低い」ですね。
この文章の読者(日本酒ファンか関係者だと思いますが)は、日本酒関連業界の人か、消費者の場合は、たぶんいい日本酒の魅力を知る先輩に教わったのだと思います。日本酒は、このスタート時点ですでに不利です。
さらに、「おいしくない日本酒」に出会った人が、「おいしい日本酒」に移る可能性は、「a/bからd/eに移る確立より低いですね。
とすると、日本酒業界は、入り口でダメ、せっかくシンパになっても、他酒類に流れる可能性大では、将来は真っ暗というわけです。
徐文
11月5日に日刊たわらやかわら版で「絶滅危惧酒」について書きました。元日本吟醸酒協会の会長をなさった篠田次郎先生より、日本酒の消費拡大の次の一手というべきヒントを記したメールが来ました。
消費者の方は、興味があればお読みください。酒造りに携わる方は、是非ご一読をお願いします。
(メールの原文を載せます)
幻の日本酒を飲む会ニュース
平成22年 12月号 Vol.216
「日本酒消費形態の不思議」
(1) 若者からのメール
熊本の弟子、たわらや酒店、宇野功一君からのメール文
◆ 絶滅危惧酒
今年は国連が定める国際生物多様性年です。先日、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が、名古屋で開催されたことは、皆様もニュース等でご存知と思います。世界には多くの絶滅危惧に瀕した動植物が存在します。人類が生態系を壊した反動で、多くの生物が危機に瀕しているというものです。
絶滅とは申しませんが、危機的な存在なのが日本酒です。
私も今年の秋にいろんなところで日本酒の会を企画しています。どの会も人数が集まり、大盛況なのです。が、実際のところ、消費を下支えするような動きになっていません。日本酒と焼酎を同時に出す酒の会では、日本酒のブースにお客様が群がり、日本酒から売り切れになってしまいます。日本酒は特別な酒になってしまっているのです。
日本人は日本酒が嫌いになっている訳ではないようです。普段は焼酎を口にする人でも、日本酒の会(イベント)の時は、日本酒を飲んでくれます。普段の晩酌は焼酎、普段居酒屋で飲む酒も焼酎、イベントの時は日本酒という消費行動なのです。
--以上は宇野君の文章そのままである。宇野君(彼は東京農工大出身だから、酒の世界では先生と呼ばれることもあるが、このニュースでは'君'で呼ばせてもらう)は、酒販店の息子として育ち、東京農工大に進み、そこで吟醸酒に出会った。
これを学びたくて、人を頼り頼り、私の許にやってきて、留年して同大を出た。
焼酎の主産地にありながら、日本酒に深い愛情を持っているのは文章からわかるだろう。--同君のメールは「たわらや瓦版11月5日付」から
12月01日号「日刊たわらやかわら版」にて、篠田次郎先生が述べる日本酒消費拡大のカギについて、項目をおって書いた内容を掲載しています。その続きを考察します。
■「晴れの日の酒、卦(け)の日の酒」
「晴れの日と卦の日」について説明しなければならないでしょう。これは六曜制(大安・仏滅・友引・赤口・先勝・先負の六曜)や民間信仰の陰陽と違って、何かの法則にしたがってやってくるとかではありません。それぞれの人が、その環境で、「晴れの日」だったり「卦(け)の日」だったり。
晴れの日とは、その人にとって「おめでたい」とか「運がいい」とか「ついている」とか。事前に決めてもいいのです。この晴れの日には、いいことがあるとして、それに対応する行動をするのです。
卦の日は、晴れの日以外のすべての日をいいます。いわば普段の日というところでしょうか。
この区別は世間の約束事ではなく、個人個人のものなのです。私にもこのような晴れと卦があるようで、なにかよいことがあるとか、よさそうとか、よくなればいいと思う、そんな日は晴れです。ですから、毎日がお祭りということになりましょうか。
それを意識しない日、別に卦の日とはいいませんが、普段の日として迎え、送ります。
(2)
昨年12月号の主題、「日本酒消費形態の不思議」は、熊本の酒販店、たわらや宇野功一君が彼のメルマガ「たわらや瓦版・11月5日号」で提示した問題です。彼は焼酎の本場で、彼が開く、または参加する日本酒きき酒会や飲む会、パーティーはどれも参加者が多く盛大だといっています。日本酒と焼酎が並ぶものは、日本酒が先に費消されてしまうそうです。
それなのに、その人気の日本酒が実需につながらないといっているのです。なぜか?
宇野君のその疑問に、彼に吟醸酒を教えた私(篠田次郎)として何らかの回答をしなければならないと思って、「日本酒消費形態の不思議」を書いたのでした。明確な答えは出ませんでした。私にも答えが見つからなかったのです。
それで、吟醸酒が世間にデビューする飲酒形態として、比べ飲みという形があり、これの波及能力が小さいこと。そもそも日本酒は、かつて三増醸酒というかなり怪しげな製法を認められ、その方法で作られた酒が、今日でも相当量出ていること。だから、マスコミが、比べ飲みして楽しい吟醸酒 を取り上げないこと。もっと大きくいうと、日本酒業界は、比べ飲みされると困るという体質であること。などを私の解答にした。
極論すれば、日本酒を助ける可能性のある吟醸酒品質を、日本酒業界がアピールしていないところが根本原因だとしたのである。
私は宇野君に、
「たぶんあなたが私の事務所にいたとき検討したと思いますが、飲ませるビジネスと売るビジネス、その間をまたいだ楽しい情報発信が、新市場を形成していくと。」
これを答えとしました。それが12月号ニュースだったのです。
(3)
盛岡で熱心な吟醸酒ファンのSさんと再会し、夜遅くから翌朝まで語りました。
その話題の一つに、「日本酒消費形態の不思議」をあげました。Sさんはしばらく考えてから、「晴れの日の酒、卦の日の酒」を言い出したのです。
いうまでもなく、心が弾む日は吟醸酒を飲もうと思う。そして、きき酒会や日本酒パーティーに出る日は晴れの日と思うのだというのです。
その他の日は卦の日で、焼酎を飲むのだと。
Sさんのこの説に対しては、反論はできませんでした。「なるほど」と納得してしまったのです。まぁ、懸案の課題がこのSさんの説で全部解けるわけではありませんが、考え方は否定できません。
私の飲酒経歴にも「晴れの日卦の日の酒」というのがありましたね。酒とは、飲むだけの関係だった学生時代は、晴れの日の酒は日本酒(二日酔い覚悟で)、ビール(女性のサービスが受けられる店、値段が高かった)でした。その他、つまり卦の日はブドー割焼酎でした。それさえも、小さい財布を搾り出してでした。
酒に関係ない社会人時代は、ビール、日本酒、ブドー割り焼酎、密造どぶろくでした。このどぶろくは、高度成長時代に入り、身の回りから消えていきます。
酒に関係ある社会人時代になり、ビール、日本酒、合成酒、焼酎の順になります。他の人たちは、ビール、ハイボール、このハイボールのウイスキーが特・一級ものと二級もの(トリスクラス)に別れ、日本酒と焼酎が消えていく。
昭和50年に吟醸酒が商品として芽生え、昭和60年から平成時代にかけて、吟醸酒の比べ飲みパーティーが少しずつ開かれていくのに合わせて、吟醸酒はステータスとなる。
吟醸酒を作り続けた、あるいはすばらしい吟醸品質を世に出した蔵の吟醸銘柄が「晴れの日の酒」に位置づけられる。この流れには説得されます。吟醸銘柄の蔵も、吟醸をつくりながら売れていない蔵も納得せざるを得ないでしょう。悦に入っている蔵もあります。
(4)
晴れの日に吟醸酒を飲む。飲まれる吟醸酒蔵は「よござんした」ですね。
ほかの日は焼酎(これも高低ありますが)、安価日本酒となりましょうか。
ところが吟醸酒を知った人は、安価日本酒には行かないのです。
この構造だと「飲まれていない、売れていない吟醸銘柄」は割り込む隙間がありません。この部分の蔵元は、吟醸をつくっても売れず、廉価商品では量産蔵、宣伝できる蔵にかなわない。つまり立ち行かないということになりますね。
酒類消費の構造が見えてきました。その結果、立ち行かない業者があることがわかりました。世に酒造組合中央会という全国規模の団体があるそうですが、中央会さん、どうしてくれます。「そりゃ、個々の業者の努力不足だ」とおっしゃるのですか。では「どういう努力をしたらいいのですか? 道は示されているのでしょうか?」
こういうことに答えられない機構は「あってもなくてもいい」のです。「あってもなくてもいい」ものは、ないほうがいいんですね。
(5)
では、晴れの日に飲まれる吟醸酒蔵は安泰なのでしょうか。立ち行かない蔵、何の示唆も受けられない蔵から見れば安泰といえますが、家の外には七人の敵がいるんですよ。
晴れの日の酒の間の競争。
多くの飲酒者の晴れと卦の日の酒を考えてみましょう。
*醸造酒グループ
a/a) ハレ:吟醸酒(銘柄品または専門家の推薦するもの。ケ:焼酎・廉価日本酒。)
a/b) ハレ:銘柄ワイン。ケ:廉価ワイン
a/c)ハレ:ビール。ケ:ビール系飲料。このグループは、ハレ:プレミアムビ
ール。ケ:スタンダードビール。というのもあるでしょう。でも概して、プレミアムの人、スタンダードの人、ビール風の人とハレもケもなく分かれているでしょう。
*蒸留酒グループ
d/d) ハレ:ブランド焼酎。ケ:安価な焼酎。
d/e) ハレ:ブランドウイスキー。ケ:安価ウイスキー。このグループは、ブランドものだけを飲んでいるでしょう。
*f)こだわらずに酒を飲むグループ。
酒類消費者の行動は、上記6つに分類されていると思います。
飲酒消費者は、酒になじんでいくとき、ぼんやりと入っていくのでしょう。つまり'f'状態だと思います。その後、宣伝の影響、世間の評判、先輩のアドバイス、自分の好みなどによって、'a/aからc/eへと深入りするものと思います。この深さも、人によってまちまちで、いろいろのをやったり、移転したり、深くなじんだりとなりましょう。
(6)
こうして酒類消費者のビヘーバー・行動を分析すると、日本酒は吸引力で弱いと感じるのは筆者だけでしょう。
まず消費者が酒類と初対面のとき、日本酒を選ぶ確立は「限りなく低い」ですね。
この文章の読者(日本酒ファンか関係者だと思いますが)は、日本酒関連業界の人か、消費者の場合は、たぶんいい日本酒の魅力を知る先輩に教わったのだと思います。日本酒は、このスタート時点ですでに不利です。
さらに、「おいしくない日本酒」に出会った人が、「おいしい日本酒」に移る可能性は、「a/bからd/eに移る確立より低いですね。
とすると、日本酒業界は、入り口でダメ、せっかくシンパになっても、他酒類に流れる可能性大では、将来は真っ暗というわけです。
Posted by たわらや at
06:48
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