2011年02月23日

知っているようで知らない酒の話№130いつ生まれた吟醸の言葉

知っているようで知らない酒の話 №130
いつ生まれた「吟醸」という言葉


■ いつ生まれた「吟醸」という言葉

 吟醸酒が市民権を得て久しい。製造の面において、「吟醸」とは精米歩合60%以下まで磨き、アルコール添加量については本醸造に準じた酒です。では、吟醸とはいつごろ、誰が使い始めたのでしょうか。
 品評会に醸された門外不出の存在であった吟醸酒を世に広めたのは私の恩師である篠田次郎先生です。
前醸造試験所所長・秋山裕一先生の著書「吟醸酒のはなし」の冒頭の文章にはこう書いてあります。

 今日、吟醸酒が静かな人気をよび、多くの酒通の方々から注目されていることは、まことに喜びにたえない。これだけ注目されていながら、成書としてまとまったものでは篠田次郎氏の『吟醸酒』があるだけで、技術的な、製造法や成分についての本が見当たらない。その理由として、筆者は、吟醸酒づくりは今日でもまだ試行錯誤の段階なのかと考えたり、一方では、「日本酒は芸術作品である」といわれるから、普通の酒づくりの醸造論はありえても吟醸論は奥が深く、名人のみが到達しうる聖域であってとても筆者の立ち入る筋のものではないということか、と思ったりするのである。

と書いてあります。なるほど。
篠田次郎先生によると、明治時代の酒のレッテルに「謹製」内容の言葉として「吟醸」使われたといいます。
 大正6年、広島の酒史を書いた桐原花村著『天下の芳醇』の中に「上酒吟醸の秘訣は…」とあり、「吟味して醸す」といった言葉のようです。

知っているようで知らない酒の話№130いつ生まれた吟醸の言葉
(写真は福井県・加藤吉平商店より 昭和初期の蔵人の前掛けに「吟醸」と書いてある 詳細は下記に)

 全国清酒品評会が明治40年より2年に一度、開催されるようになりました。当時、品評会入選の優良酒は「醇良酒」といっていたようで、業界雑誌「日本醸造協会誌」上んでの「吟醸」については、大正12年、江田鎌次郎先生の品評会出品酒を評した論説「吟醸に対する希望」の中で出てくるが、品評会では「香気芳列、旨味タップリ、且つハネのある濃醇酒を選ぶべし」とし、いらずらに米を高度に精米し、低温発酵の吟醸を行い、アルコール分が低い、エキス分の多い口当たりのよい酒を造ろうとしているが、これは推賞できないと論じており、「吟醸酒」との表現は使っていません。ただ、現実にはこういう飲みやすい型の酒が次第に迎えられるようになっていくのであります。(つづく)

追伸:さて、江田鎌次郎先生と真っ向から美酒論を展開する鹿又先生が「吟醸と経済」(昭和2年)の論文の中で、吟醸酒についての定義を定めるという話は、次回に…江田VS鹿又論争は戦前の日本酒史のひのき舞台ですね。

余談だが・・・(長文です)
写真の説明:
写真:「昭和天皇の御大典の儀の地方選酒になり、加藤吉平商店の蔵の前で、当時の蔵役との記念写真。」。この写真が何を物語っているか、たいへんに興味深いことがある。この写真は昭和初期のこと。この前掛けに「吟醸」という文字がある。日本で初めて吟醸という言葉が登場した時の写真である(と思う)。
 現在では誰もが吟醸酒という言葉に馴染みがあるが、高度に精米して醸した日本酒=吟醸酒が誕生したのがこの時代である。それまで、お米を磨く手段としては水車精米か、人力による足踏み精米であった。
水車精米にしろ、足踏み精米にしろ精米歩合90%程度しか磨くことができなかった。現在の基準では精米歩合60%以下が吟醸酒で、50%以下が大吟醸酒であるが、この精米が可能にしたのが、広島の佐竹利市氏が発明した「佐竹式竪型精米機」の誕生だ。動力に電気を使い、現在の精米機の原点といえる機械を完成させた。高度精白した原料米で低温でじっくりと醗酵させるとこの世のものとは思えぬ芳しい香気が漂う美酒が生まれた。これを吟醸酒と評したのである。その当時吟醸酒を加藤吉平商店は発売していたことを物語っている。
 残念なことに、高度に精米する吟醸酒は、暗い時代を迎えてしまう。米が国の統制下におかれ、贅沢に米を使う吟醸酒は醸造が認められなくなった。
 もともと吟醸酒は明治40年から隔年に開催された全国新酒品評会の出品酒として各地の銘醸蔵が腕を競うため醸した。昭和13年を最後に戦後まで開催が中止された。
 戦後、日本酒を醸造することはできるようになったが、吟醸酒の復活はそれよりもっともっと後のことになる。昭和44年に「梵」(加藤吉平商店)で戦後初の吟醸酒発売になるが、みんなが吟醸酒を認知するのは昭和50年代、60年代。ようやく吟醸酒の戦後がやってきたのだ。吟醸酒にとっては長い長い戦争だったように思う。






Posted by たわらや at 12:00│Comments(0)
 
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